成瀬巳喜男監督の映画「稲妻」は、バスガイドの高峰秀子が銀座の町並みを案内している場面から始まる。
「パリのマロニエ、銀座の柳とうたわれましたしだれ柳は…」
といった名調子に、まだ路面電車が走り、鼻先の出張ったボンネットバス、オート三輪などが行き交う銀座通りが映し出される。
この「稲妻」は昭和二七年の映画。博多生れの私が、父の転勤に伴って東京へ出て来たのが七才、昭和三十年だから、そのころの銀座は、この映画の風景とそう違わなかったろう。
しかし、もともと銀座は子供にとって面白い町ではない。
始めて銀座という所へ行ったのは、何の用事だったのか。―ともかく私は誰かから、「銀座には『金太郎』という日本一のオモチャ屋がある」
と聞いて、そればかりが頭にあった。
「日本一のオモチャ屋!」
さぞかし広々とした店の中に、見渡す限りオモチャが並んでいるんだろう。と空想をふくらませていたのだ。
ところが実際に行ってみると―そこは拍子抜けするほど小さな店で、男の子が喜ぶようなオモチャなどさっぱり見当らなかった。
由緒ある店、伝統を守る店。そんなものが子供の私に分るわけがない。
私はがっかりして家路に着いたのだった。
― 子供のころ(今でもだが)、極端な偏食で親を困らせた私にとって、一番の好物は時たま母が外出先で買ってきてくれる「銀座アスター」の焼餃子だった。それを食べるときはとてもぜいたくをしている気分になれたのである。
ある日、銀座のデパートへ出かけた帰り、私たちは「銀座アスター」の本店で食事することになった。私の期待がどんなに大きかったか、察していただきたい。
何しろ、駅の売店で売っている焼餃子があんなにおいしいのだ。「本店」なら、どんなにすばらしい味だろう。
ワクワクしながら、私はメニューを広げた。そして―そこに「焼餃子」がないことを知ったときのショックと来たら…。
どうして?「銀座アスター」の本店なのに、なぜ焼餃子がないの?
高級中華料理店に、焼餃子はないのが普通だと知るのは、ずっと後になってからのことだ。
このとき、何を食べて帰ったか、私は全く憶えていない。
私にとって「銀座」は、この二つの小さな失望から始まった。
今の子供たちにとって、銀座はどんな町なのだろうか。