銀座の高級クラブが年々少なくなってきているんだと聞いた。そして、気軽に安く飲める店が増えてきているのだと。このご時世だから仕方がないのかもしれないが、あたしの個人的な意見をいうと、銀座はいつまでも特別な人がいく特別な場所であって欲しい。
 あたしにとって銀座は、日本の東京のど真ん中にありながら異世界の扉みたいなところなのだ。今考えると、十年前、世の中のことをまったく知らない小娘のあたしだったから、異世界の扉を躊躇なく開けることができたように思う。そして、歓迎されたように思う。勤め先のクラブでは、普段は絶対に会うことのできないようなエグゼクティブな人々や、強面のやくざの親分を相手にホステスとして支給した。有名企業の会長を相手に「お父さん」と呼んだり、親分を相手に「入れ墨見せてください」と頼んだり、ずいぶんやんちゃなホステスだった。彼らはあたしのそういった乱暴な行動を、決して怒りはしなかった。目を細め笑って酒を飲み、一緒に楽しく遊んで帰っていった。
 たまに新聞を読むと、銀座で出会った人々の顔や名前が載っていたりする。あたしはそのたびに驚き、「そういえばあの人と一緒にお酒を飲んだんだった」とまるで他人事のように思ったりする。それは、今のあたしでは異世界の扉が開かないとわかったからだろう。ホステスを辞め、物書きになったあたしにあの扉は開くことがない。
 物書きになって、一応その名前で食べていくことができるようになった。でも、まだまだだ。ぜんぜん駄目。あの楽しい場所の扉は開きはしない。懐かしさもあり、財布を握りしめ一度銀座に遊びにいってみたのだ。しかし、あたしはあの世界に潜りこむことはできなかった。扉の前で、お高い酒を飲んだだけのような気がした。一度だけ、たった一度だけでいいからもう一回あの場所にいって扉を確認したかったのに。知っている姐さんはもういなくて、だからといって新しい姐さんを見つけ贔屓にしてゆくほどの余裕なんてものももちろんない。きっと、財布の中身を気にしながらちびちび酒を飲んでいるようでは見つからない扉なのだ。
 たぶん、小娘だったあたしに扉が簡単に開いたのは、なにも企んでいなかったからだ。久しぶりに客として来ていたオッちゃんたちに、クラブで再会することがあったら、「よくやってるじゃないか」と昔のように頭を撫でてもらおうと思っていた。でもそういったことも、オッちゃん達が何者か知ってしまった今となっては、そこに意味ができてしまう。
 けれどあたしは、それを残念だとは思わない。銀座のクラブで働いていた時期は楽しかったけれど、戻りたいとも思わない。今度は異世界で、なにも知らずに飛び込んできた子を歓迎する側にまわりたい。その子が水商売をあがってしばらくしてから、新聞や雑誌を読んで驚かれる側に。そういう大きな目標ができたのは、悪いことじゃないと思う。
 


室井佑月(むろいゆづき)
1970年青森県生まれ。モデル、女優、レースクイーン、ホステスなどを経て97年に小説『熱帯植物園』で作家としてデビュー。以後、各誌に小説・エッセイを精力的に発表。著書に『血(あか)い花』『プチ美人の悲劇』『作家の花道』『メリーゴーランド』など多数がある。  



 
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