昭和五年、銀座の路上。ハリウッドのスターを気取った服装のモダンガールとモダンボーイ(当時はモガとモボと呼ばれた)が、こんな会話をしている。
「昨夜、先生とどこへ行ったんだい」
 モボは挑発した。どうやらモガは年配の男と付き合っているらしい。
「あなたが気になさることではなくってよ」
 モガは、大人びた口調で突き放した。
 そのくせ「資生堂のパーラーのチッキンライスはなかなかだぜ」と言われ、ついていく。
 資生堂パーラーは震災のあとに建て替えられた。二階建てで外装は黄土色のタイルが貼られ、ショーウィンドにはカラフルなポスターや香水壜が飾られている。入口はお伽の国の城門といった可愛さ、内部は吹き抜けで二階からは半円形のバルコニーが張り出していた。チキンライスを注文すると。楕円形の銀の器を、白い制服に身をかためたボーイがうやうやしく運んできた。ボーイが銀の器の蓋をはずし、お皿に盛りつける。銀の器にはまだ半分ぐらい、残っている。もし早く食べてしまったりすると、ころあいを見計らってボーイがやって来て、「もう少しいかがですか」とお替わりの盛りつけをする。デザートを食べ、コーヒーをかきまわしながら彼女は軽い溜息をついた。満腹いえ満足ゆえの油断、とたんにモボは不機嫌になり、スプーンをいじる彼女の指先に視線を落して言った。
「爪に赤いエナメルを塗る女は好きになれないな」
「あら、きれいじゃないこと。指先が可愛らしく見えるわ」
「先生はなんて言ったのかね」
 若い男特有の露骨なものいいをした。モガは昨夜の出来事を思い出していた。先生と銀座七丁目の関西割烹・浜作へ行った。タクシーは八丁目から金春通りをずっと入って交詢社の手前で止まった。
「ここはカレイの煮おろしが美味しいんだよ」
 先生といると、落ちついた。
    ※
 銀座を舞台にこんな物語を書いてみた。
 文藝春秋をつくったのは菊池寛である。昭和五年、ついに「モダン日本」という雑誌も創刊した。縮れ毛で、丸くて低い鼻にメガネがちょいッとひっかかっている。肉付きがよくて着物が窮屈そう、ぴょこぴょこと小幅な歩き方をした。鳴海絞りの帯がとぐろを巻いて裾に落ちている。きちんと結んでなく、ぐるぐる回してあるだけだからゆるんでくる。腕時計を二個つけていても気づかない。大勢に囲まれていると「いやじゃあ、あーりませんか」と甲高い声で流行語を織り交ぜてみなを笑わすが、ひとりになるとむっつりと黙っている。菊池寛でなく口キカンである。
 モダンガールの美人秘書に向かって「あなたそれイミないよ」と言ったりする。若い秘書は、イミがあるかイミがないか、いちいち考えて生きてはいない。でも彼女は先生を嫌いではない。いや好きなのだ。そこにヨン様ではないが朝鮮半島出身の美青年、マーさんこと馬海松という青年が現れる。菊池寛が文藝春秋に入れたのだ。そして「モダン日本」の編集長に抜擢するのである。だがそのマーさんは先生のすきをみて美人秘書を誘う。はじめモガは三角関係を楽しむつもりでいたのだが……(『こころの王国』という題で文學界に約二年ほど連載し、去る四月に単行本にしたところである)。
 三人ともじつによく食べ歩く。そして作者の僕も負けずに食べ歩いた。銀座にはいまも昭和初期のメニューがそのまま残っている。




 
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